『ゲゲゲの鬼太郎』5−71   

ゲゲゲの鬼太郎』第七十一話「南方妖怪日本上陸!」の感想です。
先週予告を見たときは、ぬらりひょん一派の日本妖怪、バックベアード率いる西洋妖怪、そして新たに参戦したチーを首魁とする中国妖怪軍に加えて、更なる敵対勢力として南方妖怪が登場するのかと思っていました。
ところが、実際に作品を見たところ、新たなる敵対勢力の登場どころか、強敵とのシリアスな戦闘も全く無いギャグ回だったので、前回の予告の時にイメージしていたものとのギャップに大きさに驚きました。
しかし、だからといって落胆したわけではなく、とても楽しめました。既に多くの強敵たちが居る状態ですから、これ以上敵対勢力を増やしても話の収集をつけるのが難しいでしょうし、低年齢層の視聴者が見ていて理解できないなんて事になりかねませんから、南方妖怪の扱いはこれで正解だったように思います。


今期では、過去のアニメであった南方妖怪ものとは、日本侵略にやってくるといった動機付けは同じものの、ストーリそのものは全くのオリジナルでした。
一番大きな違いは、アカマタが既に鬼太郎と面識を得ている点ですね。
今期におけるアカマタは、南方妖怪の構成員として登場しているものの、妖怪大運動会で鬼太郎と熱戦を繰り広げて、ライバルとしてお互いが心を通わせている為、侵略者ではなく南方妖怪軍の義理と鬼太郎との友情との間で板挟みとなったキャラクタになっています。
今までのアカマタは単なる敵としてしか登場していなかったので、妖怪としての能力は説明があったものの、あまり性格や思考を描く事がありませんでした。一方、今期においてはストーリ上の立ち位置的なものもあってか、男気溢れる性格や葛藤する内面も描かれているため、キャラクタとしてはとても魅力が増しているように感じます。ただその反面、戦闘シーンでの活躍がほぼ全てカットされてしまったため、妖怪の特性が伝わらないといった欠点もあるのが少々残念です。


今回の最大の見所はアカマタの動向である事は誰の目から見ても明らかですが、だからといって他の南方妖怪がかすんでいたかと言うとそうではありません。
南方妖怪の他の四人は、個々の書き分けは殆ど出来ていませんでしたが、「南方妖怪」として括ってひとつのキャラクタとして考えると、とても個性的な特徴が出ていたと思います。
最初に東京を目指していたものの、何故か間違って北海道に出てしまう南方妖怪五人衆。考えるのが面倒臭かった為か、そのまま北海道を征服してしまいます。物凄い柔軟な計画の軌道修正ですね。臨機応変とはこのことを表わすのでしょうか。
その後、異変を聞きつけて駆けつけた鬼太郎を、北海道上陸前に口上も交渉も何も無いまま四人掛りで袋叩きにして完勝を収めます。その問答無用な行動は鬼太郎だけでなく、多くの視聴者をも唖然とさせたとこでしょう。
戦闘後に喜びの宴を開催する南方妖怪たち。その中で、鬼太郎と交友のあるアカマタが動きます。そこで、鬼太郎を救出しようとするアカマタを見つけるものの、アカマタの「日本を侵略した証に、日本政府に鬼太郎を送りつけてやる」とのどう考えても無理のある説明を疑問に思わず鵜呑みにします。無条件で仲間を信頼している南方妖怪の純真な心が垣間見えるシーンですね。
更に、一反木綿を人質にとり、鬼太郎を北海道までおびき寄せようとしているにもかかわらず、太平洋沿岸を常夏に変えながら東京まで出征する南方妖怪軍。人質を取って手紙で呼び出したならば、普通は罠をはって待ち構えるのでしょうが、自ら敵地に進出とは前代未聞です。きっと定石を破って敵を動揺させる作戦なのでしょう。
そして、アカマタの離反の理由が鬼太郎との正々堂々と勝負したがために起こしたことだと分かると、捉えていた一反木綿をあっさり開放して真っ向勝負を挑んできます。呼び出しておきながら待っていなかったり、何も考えずに人質をあっさり解放したりと、他の作品では先ず見ることの出来ない行動を起こしてくれる南方妖怪が素敵に見えてなりません。
最終的に、鬼太郎ファミリーとの正面から勝負を挑んで事実上の勝利を掴み、妖怪横丁を南国に変えてしまいます。アカマタの入れ知恵により、鬼太郎たちがわざと負けた形になっていますが、あれはどう見ても南方妖怪の勝利でしょう。しかも、五人衆の一人アカマタを欠いた状態での勝負でしたから、アカマタが加われば更に戦力は増しますから、ひょっとしたらギャグ回ではなかったら本当に日本を侵略されていたかもしれません。
ギャグ作品として見ると、「南方妖怪軍」のキャラクタが立っていて、凄い濃く面白い話でした。いかにも南国気質といった大らかな性格をした妖怪達が魅力的に活躍していたからでしょう。
特に、戦闘シーンのやられても何度でも立ち上がるのは最高です。ギャグの基本「繰り返し」を最大限に有効活用した演出だったと思います。
他にも突っ込み所を数え上げると切がありませんでしたが、細かいところは置いておいて、話のノリを楽しむのが今回の正しい見方でしょう。



さて、本編の感想の次は、登場した個々の妖怪の感想です。
・雪男
雪女といえば、ラフカディオ・ハーンの作品に出てくるような美女を想像しますが、雪男というと真っ先に思い浮かべるのはヒマラヤのイエティやロッキーのビックフット、サスカッチの様な毛むくじゃらの猿人、或いは熊のような生物でしょう。所謂UMAとしての雪男ですね。日本では比婆山に棲むヒバゴンなどが居ます。
今期の鬼太郎において登場した雪男も、上記のイメージに沿った怪獣としてデザインされていました。実際に北海道に雪男が出たと噂がされたら、多分あの形を思い浮かべるでしょうから、それ程違和感がありませんでした。
しかし、本来は本邦における雪男は、毛むくじゃらの獣ではなく、むくつけき大男です。山男の一種として考えられる妖怪が、本来の雪男の姿です。
その伝承を水木先生が採用しているため、過去のアニメの『鬼太郎』に登場した雪男は、なまはげのような仮面を被った(なまはげのような素顔なのかも?)大男として登場してます。
では、アニメスタッフが間違えて、或いは勘違いしてデザインしたのでしょうか?その可能性も否定できませんが、私は敢て原作の雪男と異なるデザインにしたのではないかと言って見ます。
雪男の生息地域は富山県などの山間部で、北海道には居るという話は少なくとも私は知りません。
基本的に、本土に生息する妖怪は北海道に生息していません。北海道は、アイヌの独特の文化が有った為か、本土とは毛の色がまるで違う妖怪(というか精霊や神の類?)しかいない様に見受けられます。
少なくとも、何とか小僧とか、何とか婆といった妖怪は聞いた事がありません。
これは、妖怪はマイノリティーを差別して出来たという側面があることが関係しているからはないかと思います。山男・雪男に類する妖怪は、山窩などと呼ばれた山の漂泊民を蔑視したとこが正体のひとつだとされています。
乱暴に言ってしまうと、落人のような反体制の者、或いは体制の埒外に生息した人間が山男・雪男といった妖怪になったのです。
しかし、北海道は本来はアイヌ人たちが暮らしていた地域で、語弊があることを承知で極端なことを言ってしまうと、本土における山男のような体制に組み込まれなかった者しか住んでいなかった土地になります。すると、妖怪がマイノリティーを蔑視した姿であるならば、マイノリティーしかいない場所においては、それがマイノリティーで無くなる為、妖怪は発生する事がなくなってしまいます。
ですから、北海道に本土で見かけるような雪男など語られるわけがないといった事になります。
すると、今回『鬼太郎』にむくつけき大男の姿をした雪男が登場しなかった説明が一応付きます。
今回登場の雪男は外来種が移住してきたのか、北海道で新しく目撃された新種のUMAなのかもしれません。


アカマタ
南方妖怪の一人として登場してますが、ここでいう「南方」がどの地域を指しているのか不明です。かなり広い地域を指定しなくては、今回登場の五人衆をカバーできなくなってしまいます。
尚、今回のタイトルに日本上陸とありますが、アカマタは日本の妖怪なので、とても変な感じがします。「日本の妖怪が日本に上陸した」とは禅の公案でしょうか?
アカマタは沖縄の妖怪で、斑蛇とも表わすそうです。文字通り蛇の妖怪で、美男に化けて女を誘惑する妖怪とされていますが、水木作品のアカマタは美男はおろか、お世辞にも人間には見えません。どう見ても化け物以外の何者でもありません。気合を入れて化けなおせば美男になるのでしょうか?
デザインは美しくないですが、五期では性格は紳士的で格好いいキャラクタになった為、私はとても好きなキャラクタの一人です。
五期では去年の九月に妖怪大運動会で大活躍をして、十月の輪入道の時に鬼太郎を助けるかと思いきや、遠方過ぎて戦闘に間に合わなかったりと、二度ほど登場して、その後音沙汰無しでしたが、ほぼ一年ぶりの復活は嬉しい限りです。
再登場があるといいのですが、どうなのでしょうか?


・ランスブィル
南方妖怪のリーダー格の妖怪で、伸縮自在で独特の形状をした舌が目立っていました。
本来の妖怪の形としては、マレーシアに伝わる吸血妖怪のラングスイルではないかとされています。
ラングスイルは、一見すると絶世の美女ですが、その実態は長い爪と首に血を吸う穴を持った妖怪とされています。
出産前後に死んだ女性を放っておくと、四十日を過ぎる前にラングスイルになるとの伝承があります。
今期のランスブィルは、元ネタの面影を全く見出す事が出来ない為、全くの別妖怪に見えます。
何しろ、美しいどころか女には見えませんし、吸血の能力の片鱗も見当たりませんでした。
吸血ではなく、南国気質な面を押し出す話だからある程度薀蓄を語る部分が削られるのは仕方が無いんですが、五人衆の五人ともが妖怪としての性質も、能力の説明も無いままなのはあんまりではないかと思います。
能力値が非常に高く、見ていて面白いキャラクタでしたから、是非とも再登場させて、詳細な出自や能力紹介をしてもらいたいものです。
取りあえず、間近に再登場がありそうな所を考えてみると、去年同様の日程で行事が行われるとしたら、来月二回目の妖怪運動会になるでしょう。妖怪運動会のストーリそのものは二度三度やるものだとは思えませんが、各地の妖怪が多数出てくるのは絵的に見ていて楽しめるから好きです。出来ることなら、今年も妖怪大運動会を開催して、ランスブィルの詳細データを公表してもらいたいものです。
でも、妖怪運動会は日本妖怪しかいませんでしたから、マレーシア出身のランスブィルは出場権が無いかも。


・椰子落とし
一期の頃から南方妖怪として活躍していた妖怪ですが、今ひとつぱっとした活躍はありませんでした。
今期においてもいてもいなくても大勢に影響が無い役どころでした。
頭に生やした椰子から実を落とす以外の特徴は描かれていませんでした。
出身地は不明。南方妖怪といっていますから、多分南方のどこかなんでしょう。日本にも椰子は生息しているので、案外日本だったりするのかもしれません。
伝承があるのかも不明。水木先生のオリジナルのキャラクタなのかも知れません。


・アササボンサン
椰子落とし同様に詳細不明な妖怪です。
これも水木先生オリジナルのキャラクタなのでしょうか?
矢張り椰子落とし同様に、いてもいなくても構わないキャラクタでした。
南方妖怪はアカマタ、ランスブィルの二人でも良かったのではないかと思います。沢山メンバがいることで、陽気な南国気質を現したかったというのも分かるのですが、ストーリ的に機能していたのはランスブィルとアカマタだけでしたからね。
過去三度アニメに登場したキャラクタで、その時は吸血妖怪軍団の一員でした。
よくよく見てみると、今回の南方妖怪の過半数は敵の生気や血を吸収する妖怪なのですね。その辺りの設定が全く活かせていないのは、なんとも勿体無いことです。


・ポ
今回登場の妖怪の中で最も変わってしまった妖怪です。
元ネタになっている「吸血軍団」「南方妖怪軍団」は、キジムナーやペナンガランが入ったり出たり、とメンバーがあまり安定しないのですが、アニメにおいてはこの妖怪は一貫して南方妖怪として登場しています。
原作と、過去三度のアニメに登場して、その時の名前は「チンポ」でした。
その名の通り、三連式のチンポを備えたインパクト絶大な特徴を持った妖怪で、その三連式チンポで空を自在に飛行し、その三連式チンポから速射砲を発射する色んな意味で手ごわいキャラクタとして出ていました。
しかし、今回はそのあまりにもあんまりなネーミングとデザインが放送コードに触れた為か、最大の特徴である三連式チンポが無くなり、名前も「ポ」となってしまいました。
本来なら、方輪車の時に書いたように、妖怪の名前を変えて出すことに対する非常に強い憤りを感じて、大いに不満を書きたいところなのですが、今回のチンポに関してのみは、製作者に対して怒りを感じるものの、その名称変更はまあ仕方が無いかなといった気持ちの方が強いです。
何しろ「チンポ」なんていう男性器そのものの指し示す名前なんですから、今まで規制されなかったことの方が寧ろ不思議なくらいです。妖怪の名称だけなら、実際にそういった名前なんだから仕方が無いと、強行して見る事も可能でしょう。しかし、何しろ外観があれですから、放送する際に「チンポ」では不味いとお上やら放送局側からの意見があったなら変更せざるを得ないでしょう。
本来なら、三期の頃から規制されてしかるべき対象だったように思います。四期の劇場版で「チンポ」の名前と特徴のまま登場できた事は奇跡的なことのような気がします。
そして、妖怪「チンポ」ではありませんが、『墓場鬼太郎』の「高僧チンポ」で規制が掛かって、漸く対策がされたかと感じました。
しかし、この妖怪の面白さは、その名前と外見に尽きるので、このような変更をする位なら、いっその事切り捨てた方が良かったのではないかと思います。ストーリ的に、特にいなくてはならない役割もありませんでしたし。
と書いては見ましたが、実際にチンポがいなくなるのを想像したら、南方妖怪は一気に寂しくなりそうな気もするので、これで良かったと少し思ってしまいました。