『ゲゲゲの鬼太郎』5−89   

ゲゲゲの鬼太郎』第八十九話「師走の奇跡!鬼太郎おおいそがし!!」の感想です。
今回登場の妖怪は「いそがし」。まさかこの妖怪が登場するとは思ってもいませんでしたので、先週の予告を見た時はとても驚きました。
この妖怪は、当然の如く原作、及び過去のアニメには登場していない、五期の新規参入組の一員です。
以前出演したバリバリに似た特徴を持った妖怪で、あからさま過ぎるほどストレートなネーミングなので、一見伝承にないオリジナル妖怪なのかと思う方もいるかも知れませんが、きちんとした出典がある妖怪です。
このいそがしは、どこかに出没したといった伝承や、実際はこういった特徴を持っているといった情報は一切残っていませんが、尾田淑の『百鬼夜行絵巻』という妖怪絵巻に名前と姿が残されています。
水木先生も、『百鬼夜行絵巻』と同じ構図のいそがしを書いています。最近では、『鬼太郎マガジン』の第三号に載っていましたので、水木絵が気になる方は、そちらを見て下さい。
この『百鬼夜行絵巻』には、今回登場したいそがしとほぼ同じデザインの妖怪が描かれています。違う点は、アニメでは赤みがかかった色になっていましたが、此方では肌の色が青くなっていることくらいでしょうか。
原典と違うといった訳ではいのですが、今回『鬼太郎』に登場したいそがしは、単眼で鼻が顔の正面から見て左側に寄ったデザインになっています。『百鬼夜行絵巻』と水木先生のイラスト共にいそがしは左を向いた姿で画かれて、正面から捉えた構図はありません。その為、顔の反対側はどうなっているかは確認できません。
そこで普通なら、左右対称の容貌をしていると考え、反対側も同じ顔の二つ目妖怪としそうなものですが、今回登場のいそがしは作中の様な奇形になっています。
実際に描かれていない部分ですから、想像で補って独自の設定を組み込むのはアリですが、流石に単眼で鼻が顔の片側によってるとは考えないでしょう。この発想は凡人の思いつくところではありません。
百鬼夜行絵巻』には、イラストと妖怪名称しかかかれていない為、どういった特徴の妖怪かは不明です。不明なのですが、名は体を現すと言ったところでしょうか、もう名称だけでどういった妖怪かは想像に難くありませんね。
尚、この『百鬼夜行絵巻』のいそがしは、それ以前にも無名の妖怪として描かれており、かの妖怪絵師の大家鳥山石燕はいそがしの原型に独自の解釈と設定を加えて「天井嘗」としています。


因みに、この『百鬼夜行絵巻』は、ここ以外ではまず見ることの出来ない妖怪のオンパレードです。収録妖怪を軽く紹介してみます。
・あすここ  :黒い霧の中に四つの顔と二つの手が書かれています。
・逆髪    :髪を逆立てた全裸の女性で、右手が髪を掴もうとしています。
・苦笑    :直立二足歩行をした緑色の獣で、兎のように耳が長く、獏のように長い鼻をしています。
・いそがし  :今回鬼太郎に出てきたのとほぼ同じデザイン。その姿は、上を向き、舌を出しながら忙しく走り回っているかのようです。
・馬鹿    :むましかと仮名が振ってあります。名称の通りに、馬と鹿のあいのこの様な姿で、目玉が飛び出しているのが大きな特徴です。「生き馬の目を抜く」というさまを表現しているのでしょうか?
・どうもこうも:一つの体から二つの顔が生えている妖怪。右の顔は落ち着いた表情ですが、左の顔は目を見開き大きく口を開けています。漫才師が良くやる突っ込みの手つきをしているのも何らかの意味がありそうです。
・じゅうじゅう坊:頭頂部が盛り上がった毛深い爺です。恐縮しているような姿勢は、「重々承知しています」といっているかのようです。
・覗坊    :目を見開き、いかにも覗いていますといった風体の坊主です。
・五体面   :顔から直接手足が生えていてる妖怪です。
・ぶつ法さう :蛇の様な長い首と舌を出した頭部のみが描かれています。漢字で書くと多分「仏法僧」なのではないかと。
・後目    :後ろを向いた禿頭の人物で、名称の通りに後頭部に一つの目があります。
・撫座頭   :落し物を捜しているような姿勢の座頭が描かれています。
・火ふき   :口をすぼめた馬の様な姿があります。名称から考えるに、これから火を吹くところなのでしょう。
・黄粉坊   :まるで黄粉をまぶしたかの様な色をした姿をしています。人間といったよりか、グレイ型宇宙人に近いデザインです。
・青女房   :扇を片手にした面の長い女性です。他の絵巻でも見た事があるデザインなので、割とポピュラーなのでしょう。
・白うかり  :クリオネの姿みたいなポーズをした妖怪。
・胴面    :どうのつら。首がなく、体に顔があります。
・いが坊   :顎に毬栗のようなとげが幾つも生えた姿をしてます。
・二本足   :顔から直接日本の足が生えています。赤い褌だか、前掛けをしているのが特徴です。
・赤がしら  :燃え盛るような赤い蓬髪を振り乱した姿の妖怪です。
・白子ぞう  :石燕の描く幽谷響に似た姿の妖怪。
・金槌坊   :鳥の様な嘴を持った妖怪が金槌を振り下ろそうとしています。
・べくわ太郎 :全裸の童子があかんべえをしている姿が描かれています。
・山あらし  :全身から棘の生えた怪生物です。実在するヤマアラシとは似ても似つかぬ姿となっています。
・海座頭   :『鬼太郎』に出てくる海座頭と同じデザインです。
・窮奇    :鳥山石燕の描く窮奇と同じデザイン、構図になっています。
・手目坊主  :先週の『鬼太郎』に登場した妖怪手の目と同じデザインの妖怪です。
・狸の腹鼓  :後ろ足だけで立つ狸が描かれてます。両の前足がお腹にあるので、これから腹を叩くのでしょう。
窮奇のように他でも見たことのある妖怪もいますが、御覧の様に、大半がここでしか拝めない妖怪ばかりです。
いずれの妖怪も、名称が書かれているだけで、どういった特徴を持ったものかが記載されていません。とてもコミカルなタッチになっているので、多分当時の世相を風刺したものではないかと思われます。


それにしても、よくもまあいそがしなどといったこんなマイナーな妖怪を拾ってくるものだなと感心してしまいます。それも、ただマイナーなら兎も角、忙しいといった特徴以外はない妖怪で、話を展開するのが非常に難しい、扱い辛い妖怪だと思います。少なくとも、仮に私が製作スタッフならこれを使って一話作ろうなどと絶対に考えないでしょう。それどころか、仲間でいそがしを使って話を作りたいと言い出したなら、絶対に面白くないから止めろと全力で阻止する事でしょう。
妖怪いそがしの忙しいという部分を拡大解釈したのか、とても素早い妖怪だと特徴付けたのもとても興味深いところです。確かに、忙しいということは、素早く仕事をこなさなくてはならないといったイメージがありますので、いそがしという名を冠した以上、機敏な動作をするといった特徴があるのは当たり前のように思えてきます。
このことによって、ただ忙しいさまをあらわしているに過ぎない妖怪を、戦闘をさせてもそれなりに見栄えのする強敵へとする事が出来ていました。本当に、この妖怪を上手く捌いているなと、つくづく思います。
また師走は、巷間で師が走るほど忙しいから師走などと言われるように、一年を通してもっとも忙しい時期となります。それをこの時期、今年最後の放送に妖怪いそがしの話を持ってくる辺りが良く考えているなと感じました。
寝肥の時といい今回の話といい、話を膨らませにくい妖怪を題材に取りながらも、その妖怪の特徴をストーリに上手く組み込んで話を広げていくのは五期の最大の特徴の一つであり、もっとも素晴らしい魅力なのだなと改めて感じました。『鬼太郎』といった作品が好きで、かつ妖怪伝承を丁寧に作中に盛り込みながら、なおかつ面白い作品にしようとする製作者の愛情が垣間見えてきます。



そして、今回はアニメオリジナル展開となった妖怪いそがしの他に、原作のエピソード「笠地蔵」をアレンジしたパートが挿入されていたのにも驚きました。
原作の「笠地蔵」は、誰もが知っている日本昔話の『笠地蔵』を下敷きにした話で、座敷童子が話の中心に来るところ以外は概ね昔話のままです。
どうやら人気エピソードのようで、アニメでも1、3、4期で原作をアレンジしたものが放送されています。
しかし、この笠地蔵を現代を舞台としてそのままやると、とても違和感を感じてしまいます。何しろ、この現代において藁で編んだ笠なんて誰も被りませんから。
1969年に放送された一期においてすら、笠など時代遅れで、作中において誰も買っていないのですから、四十年たった今では尚更です。そもそも、笠を売って生計を立てようなどと考える人が、たとえ爺婆でも今時居る筈がありません。
今回の笠地蔵パートは、現代風にアレンジが効いていて、且つそれが時代に則したものとなっていたのが非常に良かったと思います。
惜しむらくは、時代に合った笠地蔵の話なのに座敷童子が登場しなかった事です。四十七士のひとりとなりながらも、取り立てて活躍のなかった座敷童子ですから、一度くらいメインを張る回があっても良かったように思います。
それが唯一の主演作の笠地蔵で出番を逃したとなると、今後の活躍はあまり望めなさそうです。折角愛らしいデザインにリニューアルしたのですから、もう一寸出番を増やしてあげてもらいたいものです。


個人的には、鷲尾さんとの恋が上手く行っている為に横丁メンバとの交流の機会を取るのが難しくなったためか、このところめっきり出番が少なくなったろくろ首姉さんをもう少し活躍させて欲しかったです。今回の話でも一応出てきてはいましたが、殆どモブキャラ扱い。五期のはじめの頃はとても頑張っていたのに、このところは出てきても台詞すらありません。
『鬼太郎』の作品の大きなテーマの一つに、人間と妖怪の共存共栄といったものがありますが、このテーマをもっとも端的に現せるのがろくろ首だと思います。雪女の真白で悲劇になってしまった、この人間と妖怪との恋物語をろくろ首姉さんがリベンジして欲しいものです。