『ゲゲゲの鬼太郎』5−95   

ゲゲゲの鬼太郎』第九十五話「妖怪スイーツ!バレンタイン作戦」の感想です。
昨日がバレンタインデーだったから、今日はバレンタインネタになっています。このところ季節のイベントを盛り込む話が多い気がします。


今回登場の妖怪はパンサーです。
原作にもアニメにも登場は無かったはずです。
それどころか正直、どういった妖怪なのかまったく知りませんでした。五期お得意のマイナー妖怪をクローズアップのようです。
あまりにマイナーすぎて、手持ちの書籍では水木先生の『妖鬼化』にしかその名を見つける事が出来ませんでした。
アニメにおいては孔雀の妖怪のように見えましたが、『妖鬼化』では、後ろ足で立つ獣の姿として描かれています。アニメにおいて、何で孔雀の妖怪になったのかは不明です。
『妖鬼化』よる解説を全文引用します。

≪蜜の舌を持つ者≫といわれているように、ほかの動物を引きつける甘い香を発散する。ローマのある著述家などは、この香は人間にも快いものである、といっている。
アングロサクソン人の間では、パンサーのことが次のようにかたられている。
山中の隠れた洞穴にすむおとなしい獣で、音楽のようになだらかな美しい声を発し、甘い息を吐く。つねに孤独であるが、唯一の敵が龍で、これとはしばしば闘う。
パンサーは腹いっぱい食うと眠り、そして3日目に目を覚ます。すると、その口から高く甘い美しい声が響き、それとともに、甘い香の息が気持ちよく流れ、それは、草木の花が満開に咲き乱れるよりももっと快いものである。ほかの動物や人間までもが、このかぐわしさと音楽にひかれて、町や野のあちこちから集まってくるという。
パンサーはサクソン人にとっては野獣などではなく、神に近い存在のようである。

甘い息を吐くところが、今回のアニメに登場したものと同じですね。バレンタインのチョコレートの甘さと、吐息の甘さをかけているのでしょう。このアイデアはとても面白いと感じました。

また、調べたところ、このパンサーは水木先生が取り上げる以前に、ホルヘ・ルイス・ボルヘスマルガリータ・ゲレロの共著『幻獣辞典』に名前が見えるようです。この『幻獣辞典』は、、古今東西の空想の怪物が集められた書物だそうです。それぞれの伝説と関連する注釈が網の目のように張り巡らされ、ボルヘス独特の幻想的な読み味を生み出している名著らしいです。
恐らく、水木先生はこの『幻獣辞典』を参考にしてパンサーを書いたのだと思われます。
この『幻獣辞典』は未読ですから、どういった紹介をされているかまでは確認していません。機会があれば、是非一読してみたいものです。
ただ、問題なのは、ボルヘスは自分の創作した幻獣をさも伝承に有るように書き、実際に言い伝えが有る幻獣に混ぜてしまう点でしょう。


パンサーといえば、当然動物の豹が真っ先に思い浮かぶでしょう。
妖怪のパンサーとはまったく関係が無いかと思いきや、実は関係してそうな形跡がありました。
平凡社が出版する、日本を代表する百科事典のひとつ『世界大百科事典』の豹の項目を調べると下記のようにあります。

西洋ではヒョウを指す言葉には英語のパンサー panther とレパード leopard のように二つある。
伝承によればパンサーの吐息は芳香を放ち、ドラゴン以外の動物はこの香りに魅惑されて近寄ってくる。キリスト教に取り込まれてさらに意味を強め、悪魔=竜以外の生きものをキリストのほうへ導く伝道者の象徴となった。黒斑はキリストの徳の数を表すともいわれる。
また美しい斑紋をもつ毛皮とその芳香から女性にもなぞらえられ、シェークスピアの時代には美しいが気性の激しい女をパンサーにたとえる言いまわしも流行した。近くは F.クノップフなどベルギー象徴派の画家も、 〈ファム・ファタル (宿命の女) 〉のイメージをこれに託している。
さらに、パンサーを〈月の獣〉と呼ぶのは、女とのかかわりから出た連想であろう。ただし大プリニウスは、パンサーの肩にある輪紋が月のように丸くなったり細長くなったり変化すると述べている。

『妖鬼化』の解説にある妖怪パンサーの特徴と一致する部分があります。
水木先生がこの動物のパンサーの伝承を参考にして妖怪パンサーの特徴としているのか、それとも西洋に伝わる妖怪パンサーに甘い香を吐くといった能力が本当に有るとされているのかは判断がつきかねますが、両者の間には何らかの関係が有るのでしょう。
元々、動物のパンサーの伝承があり、そこから妖怪としてのパンサーが派生したと考えるのが自然かなという気がします。



今回は、妖怪の造詣に少々疑問が有るものの、話はとても良かったと思います。
パンサーが『ハーメルンの笛吹き男』の様に少女たちを連れて行くところが『鬼太郎』らしい感じがしました。
西洋妖怪はその出自が元々そうだという事も有るのですが、無条件に人間の敵対者となっているのが良いですね。
『鬼太郎』の作中において、日本の妖怪は環境破壊などの人間の欲望のしわ寄せから生活に苦しみ、その仕返しとして悪さをするといったパターンがかなりあります。それが決して悪いとは言いませんが、四期のように人間の因果応報の話ばかりを見ていると、気がめいってしまいます。
反面、今回のように問答無用の悪役が相手だと、敵を倒した後には爽快感が残って気持ちが良くなります。
今回のパンサーは、人間の敵対者なだけでなく、味方の西洋妖怪までも手にかける非道な悪役でした。自軍を騙して、あまつさえそれを喰ってしまうというのは、最低の行為の一つでしょうから、パンサーの邪悪さを見せるにはとても分かりやすい演出です。
紳士のように振舞っておきながら実は腹に何かを隠し持っているというスタイルは、やや使い古された感もありますが、初見で悪い奴だと分かる為に良いキャラクタになっていてたと思います。
エンターテイメント作品ですから、視聴後の爽快感は重要です。今回のパンサーは、その爽快感を得られる良い仕事をしてくれたと思います。


個人的に一番良かったと思うのは、ザンビアの妄想の中のバックベアードです。
頬を染めながらザンビアを抱きしめて「ザンビアちゃーん」と言っているさまは気持ち悪いの一言に尽きます。うん、変態ですね。
妄想しているザンビア本人も気持ち悪いと言っていました。ならザンビアよ、何故妄想した?
このベアード様を、私以外の人間がどう感じるか気になるところです。

追記

鳥型のパンサーのイラストが有るという情報を頂いたので、もう一度パンサーについて調べなおしてみました。
『妖鬼化』に獣のような姿をしたものが載っていると書きましたが、その後の調で『妖鬼化』には二種類のパンサーが掲載されている事が分かりました。
私が前にパンサーの解説文を引用したのは、第六巻の「世界編《ヨーロッパ》」からでした。『妖鬼化』は水木先生の妖怪画業の集大成ともいわれる作品で、ほぼ全ての妖怪画を収録していますから、『ゲゲゲの鬼太郎』に登場した記憶に無い妖怪は、まずチェックします。名前と特徴からして欧州の妖怪だろうと辺りを付けて、六巻を調べたところ、直ぐに見つかったので、他にパンサーについての情報がないか、他の資料を当たりました。まさか同じ名前の妖怪が別の姿で他の巻に登場しているとは思わなかったので、他の水木画集はもう見る必要がないと判断しての行動です。
ところが、コメントで『世界妖怪辞典』に『妖鬼化』と違うデザインのパンサーがいるとの情報があり驚きました。
早速手元の『世界妖怪辞典』を確認したところ、『妖鬼化』六巻とは違うパンサーがいるのを確認しました。
複数の妖怪が描かれていて、どれがパンサーかははっきりとは分かりませんが、恐らく一番手前に描かれてる剣を腰に挿し、眼鏡を掛けた鳥の嘴を持つのがそうだと思われます。他にも狼や猿に似たもの、椅子に腰掛けた女性の姿のもの、角の生えた悪魔のようなもの、鳥の姿の様なものなどが描かれています。
『世界妖怪辞典』の解説を見ると、「形は定かではないが、鳥に似ており、動物のいろいろな部分がくっついている」とあります。
もしかすると、一番大きく描かれた一体がパンサーなのではなく、これら全てがパンサーなのかもしれません。
ここに描かれたものは、アニメ版の『ゲゲゲの鬼太郎』に登場したものは大分姿が異なってはいます。しかし、解説文の「甘い香の息を流す」と「鳥に似ており」という部分は確実にアニメ版に反映されているので、この『世界妖怪辞典』を参考にアニメスタッフがデザインを新しくしたのでしょう。
また、この『世界妖怪辞典』のパンサーは『妖鬼化』八巻の「あの世編・特別編」にカラーで再収録されていました。
同じ名前の妖怪が別の姿で何度も登場している筈が無いとの思い込みがありました。そのため、調べ方が甘くなってしまっていたようです。


さて、水木先生はホルヘ・ルイス・ボルヘスマルガリータ・ゲレロの『幻獣辞典』を参考にパンサーを描いたのでは推測しましたが、どうやら正解だったようです。
『世界妖怪辞典』に掲載されていた参考文献一覧を見ると、『幻獣辞典』の名前がしっかりと記載されていました。
水木先生が参考にした事がほぼ確実だと分かると、その書籍ではパンサーがどういた風に紹介されているのか気になったので、『幻獣辞典』を購入して確認することにしてみました。

幻獣辞典 (晶文社クラシックス)

幻獣辞典 (晶文社クラシックス)

捜してみたところ、一軒目の書店であっさりと見つかりました。絶版になっていたり、普通の書店に並ばないほど発行部数の少ないものでなくて良かったです。第五版となっていましたから、それなりに人気の有る本なのでしょう。
水木先生が参考にしたとあって、書いてある内容は『妖鬼化』や『世界妖怪辞典』とそれほど変わるものではありませんでした。現実にいる捕食哺乳類とは別の獣であり、甘い息を吐き、龍の敵対者であると書いてありました。しかし、鳥であるとか、翼が有るといった表記はありませんでしたので、水木先生が何処から「鳥に似ている」という特徴を持ってきたのかは不明です。
追記すべき事柄は、

七十人訳ギリシア語聖書で、イエスのことを予言的に指すらしい《パンサー》という語が使われているのだ(ホセア書第五章一四節)。「われエフライムにはパンサーのごとくなれり。」

という文章があるくらいでしょうか。
キリスト教と何らかの関連があるのでしょうか?私の読解力が足りないのか、この文章の意味がまったく分かりません。
その後『エクセター書』のアングロサクソン動物物語集でのパンサーの説明があります。『妖鬼化』『世界妖怪辞典』の内容とほぼ一緒です。『エセクター書』は詩集らしいのですが、どういったものかはわかりません。元来幻獣パンサーの伝承があり、ボルヘスはそこに記載のあった内容を元に『幻獣辞典』を執筆したのでしょう。
『幻獣辞典』では、最後にレオナルド・ダ・ヴィンチを引用してしめています。

アフリカのパンサーは獅子に似ているが、足はもっと長く、からだも細い。全身は白く、薔薇形の黒い斑点模様がある。この美しいさにほかの動物たちはうっとりする。パンサーの恐ろしい眼差しがなければ、こぞって群がってくるだろう。これに気付いて、パンサーは目を伏せる。動物たちはその美しさを満喫しようと近寄ってくる。するとパンサーはいちばん近くのものに襲いかかる。

ダヴィンチもパンサーに関する発言を残しているのを見ると、もしかして幻獣パンサーは欧州では有名な存在なのでしょうか?