書痴の書架より

最近、陰陽座の話ばかりの様な気がしますので、本日は趣向を変えて、以前読んだ本のレビューをしてみようかと思います。
と言いつつも、実はこのブログを更新している今も聴いていたりしますが。


屍鬼〈上〉

屍鬼〈上〉

屍鬼〈下〉

屍鬼〈下〉

屍鬼』が好きだと言う方がコメントを下さっていますし、一昨日本官のプロフィール欄の好きな書籍を変更したばかり(画像を入れただけですが)なので、一寸思い出などを書きます。

数ある書籍の中でも、本官の一番好きな小説です。
作家でいえば、京極夏彦が一番好きですが、小説単体でのベストを選ぶと小野不由美の『屍鬼』が一番です。


この『屍鬼』先ず第一に挙げられるのは、他書の追随を許さない圧倒的なヴォリュームでしょう。
ハードカバーの書籍で、上下二段組のレイアウトが上巻五五一頁、下巻七三二。頁本官の知る限り、単行本書き下ろしでこれを上回る書籍はありません。(文庫版では、あまりの分量の多さの為か、はたまた読者が読み辛いとクレームを挙げた為か、五分冊となっています。それでも一冊辺りのヴォリュームは、文庫本の平均の厚さを上回っていますが。)


持論ですが、厚い小説は必ず面白いと考えています。
書籍を刊行する際、当たり前のことですが、頁数が増えれば製造コストも比例して上がり、必然的に価格も上がります。
しかし、一般的な読者は、頁数の多い書籍を必ずしも好むものではありません。頁数が多いと読むのが面倒になるでしょうし、携帯するにも不便です。
仮に偶々本を読みたくなって書店に来た人が居たとします。そこで同じようなジャンルの似たようなタイトルと装丁の書籍があり、片方が千頁超過で、もう片方が二百頁程度だとすれば、大抵の人は厚い本を避けると思います。(実際、京極夏彦を進めてみても、大抵の人は厚いからと言う理由で読みません。)
すると、面白そうな書籍であっても、頁数が多い為に買い控える人が出てくると考えるのは当然でしょう。出版社側としては、厚い本を刊行することは、コストも嵩み、売り上げも望めないと判断するでしょう。
しかし、そういった背景があるにも関わらず、あえてリスクを覚悟で出版すると言うことは、それだけ内容に自信が有ると考えられます。
出だしは売れなくても、口コミ、書評によって必ず高評価を得られ、リスク以上のリターンを得られるとの判断を下すからこそ、頁数の多い書籍を刊行するのでしょう。
屍鬼』は、その成功例の代表だと思います。


さて、外側の話はこれくらいにして、内容にも触れてみたいと思いますが、以下ネタばれになりますので、『屍鬼』未読の方で、読むまで内容を知りたくないと言う人は、ここから先は御遠慮下さい。


この作品、内容の大筋を一言で表すと、「吸血鬼が己の安住の地を築くべく、地方の寒村を征服しようとし、住人たちがその野望を打ち砕くべく戦う物語」となるでしょうか。
一言で書いてしまうと、とてもチープな感じになってしまいます。過去の映画や小説に同じようなテーマの作品は、恐らく幾つもあったことでしょう。
しかし、鬼才小野不由美、過去に同じテーマで書かれた作品が枚挙に暇ない、使い古されたテーマであるにも関わらず、最高の傑作に仕立て上げています。
上に書いてあるように、上巻だけで五五一頁の物凄い長い文章が綴られているのですが、この上巻、吸血鬼の存在が一切明らかにされていません。
一応、舞台である村の中で連続して人が死ぬなど、不審な出来事が起きるのですが、全て現代科学で説明可能なことだと思わせる書き方をしています。
又、迷信深い村人達が祟りや呪いや化け物の仕業だと考える中、主人公格の医者と坊主は理性的にそれを反証していきます。
そのため、上巻は矢鱈と死人が出たりしているにも関わらず、不合理な出来事が一切起こっていないに為、据わりの悪さを感じることになります。
そして、上巻での最大の魅力は、村の日常の様子を、あまり起伏もなく淡々と描いている点でしょう。一見すると、読んでいて退屈な日常風景ですが、この村人一人一人の何気ないドラマが下巻のカタルシスを彩る最高の伏線になっています。


そして下巻ですが、物語は急転直下を向かえ、吸血鬼たちがその本章を顕にします。
村の各所に散らばった吸血鬼「屍鬼」と、その存在を知った村人達の戦いが繰り広げられます。
ここで一番のポイントは、襲い来る吸血鬼たちがかつての村人たちだということでしょう。
タイトルにもなっている「屍鬼」と言う存在は、一度死んだものの、黄泉返ったものを指します。
そのため、村人達は、かつての家族、友人、隣人達、一度死んだ親しき人たちを手に掛ける事になります。
この作品、頁数のヴォリュームがあるだけに、登場人物が非常に多いのです。しかも、上巻から一人一人の生活を事細かく描写されているので、実際に村が崩壊するシーンでも、彼らの実生活を熟知しているだけに、感情移入する深さが半端ではありません。
かつて愛した人、愛してくれた人を手に掛けざるを得ない場面が、そこかしこで繰り広げられますが、ここに来るまで書かれた情報量の多さから、圧倒的なまでの臨場感を醸し出します。


最終的には、吸血鬼の計画そのものが根本的な不備があったため、計画が失敗してしまうのですが、首謀者である少女(実は登場人物中最年長のようですが)と、かつて村で反吸血鬼の先鋒とも言える坊主が行方を晦ましてしまいます。
己の望まぬままに、日陰者として永遠に生きる吸血鬼の少女に共感を得た坊主が、自ら吸血鬼の手下となり、永遠にさまよう決意をしたためです。
この主人公格の二人の、非常に哀しい掛け合いが印象に残っています。


非常に駆け足で、話の大部分を端折っていますので、面白さが今ひとつ伝わらないかもしれません。
もし、少しでも面白そうだと思ったら読んでみてはいかがでしょうか?
好き嫌いもあるので必ず楽しめるとは限りませんが、個人的には今まで読んだ小説の中では最高傑作です。